ユニサン

  • 名前 ユニサン
  • 出生・死亡 1917-1995
  • 代表作 「火炎の中な天使」、「エピローグ」

年譜及び主要経歴

  • 1917年9月17日、慶南統營市生まれ
  • 1923~1925年、統営 「ホダン書斎」で教育を受ける
  • 1926 ~ 1931年、統営公立普通学校入学及び卒業1930年(5年生)に作曲を試みる
  • 1935 ~ 1936年に渡日して大阪商業学校に登録、大作音楽院入学
  • 1937年、初の動揺集『牧童の歌』を作曲し、洪蘭坡からいい評価を受ける
  • 1938年、統営「ファヤン学院(今のファヤン初等学校)」の教師として在職
  • 1939 ~ 1940年、渡日して東京でトジモロから作曲を教わる
  • 1945年、 統営文化協会の会員として活動
  • 1948 ~ 1949年、統営女子高等学校の音楽教師として在職、独立後に統営女子高の時期まで柳致環、金相沃などとともに統営女子高、統営高校、欲知中学校の外、多数の初等学校の校歌を作曲
  • 1952年、李殷相作詞の『洛東江』に曲を付けて戦時歌謡を作曲
  • 1956年6月、パリ音楽院へ留学
  • 1959年7月、ベルリン音楽大学を卒業
  • オランダのビルトベックで「ピアノのための五つの小品」、ダルンシュタートで「七つの楽器のための音楽初演」、欧州の現代音楽会の注目を集める。
  • 1966年10月、西ドイツのドナウシエンで「予約」初演、この演奏の成功で世界的な名声を得る
  • 1967年6月、「東ベルリン事件」でソウルへ押送される。
  • 1969年3月に釈放。西ベルリンに戻る。キール文化賞を受賞。
  • 1972年、西ベルリン音楽大学の名誉教授、「オペラ沈淸傳」初演
  • 1981年5月、ケルンで交響詩「光州よ!永遠に」初演
  • 1988年5月、リハルト・フォン・ワイツゼッカー大統領から「ドイツ連邦共和国の大功労勲章」を受ける
  • 1992年、世界的にユニサン誕生75周年祝賀音楽会を開催、日本で「ユニサン誕生75周年記念フェスティバル」開催
  • 1994年4月、芸音文化財団主催でソウル、釜山、光州などで「ユニサン音楽祝祭」を開催
  • 1995年、交響序曲「火炎の中な天使」、「エピローグ」を日本で発表
  • 1977~1987年、ベルリン芸術大学の教授として在職
  • 1995年11月3日、ベルリンで死亡(78歳)


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